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桜散らす春の雨と手帳のはなし

春。桜きれいです。4月になったので手帳を新調。去年使っていた真っ赤な手帳とは、結構なかよしになった。一年間、手帳に毎日日記を書いたから。4年前くらいから毎日手帳を持ち歩いて大事に使うようになって、そこに日記も付けていたはいたけど、こんなにいっぱい書いたのはこいつが初めてだった。実際にはちょいちょい、約一か月分とちょっとくらいは抜けているが、ほぼ毎日文庫本サイズの手帳に一日一ページ、日記を書いた。今数えたらだいたい500字前後くらいだった。もちろん、極端に少ない日もあればどうしても収まりきらない日もあって、紙を貼付けてそこに書いたり、もういいやって次の日のページにずれ込んでいる日もあるけど。

日記って人に見せれられるものでないし、絶対に見られたくない。でも、誰かに見られることを前提に書いている自分がいる。実際に、友達に言いたかったけど言えなかったこととか本当はこう思っていたとかいうことを、せきららに、はずかしいこともたくさん書いた。だから、誰かに見られたら困るんだけど、本当は、どこかでこっそり読んで自分のこと知ってほしいとも思っている気がする。風のすっごく強い日に、外でこの手帳を開いたら全部のページが風でびりびり破れちゃって、そのまま風にひらひら連れて行かれて、それぞれのページが、本当は読んでほしいと思っている人のところに飛んでいけば良い。見られても大丈夫な用のわたしだけを見て、わたしのことをあいつはこういう人間だと思っている人、みんな見れば良い。でも、実際に見られたら多分その人とはもう会えないかも。たいしたことのない内容だったとしてもはずかしい。

一昨年、駅で手帳を落としたことがあった。けっこう大きいし分厚くてかさばるから落としたことに気がつかないわけないはずなのに、朝通学中でぼーっとしていて全然気がつかなかった。学校について図書館で勉強していたら知らない番号から電話があって、出なかったら何回も何回もかかってきて、でも出なかった。そのあと手帳がないことに気がついたんだけど、家に置いてきちゃったか〜と思って気にしないでいて、でも家に帰ったらなくて。そのときにハッ、とあれは拾った人からの電話だったんだと悟る。どきどきしながらかけ直したら男の人が出て、やっぱり拾ってくれた人だった。本当にいい人に拾ってもらったと思う。感謝しきれない。でもとにかくそのときは、中見られたらしんどい、と思ってめちゃくちゃ早口で、大変お手数なんですがそこに書いてある住所に送っていただけますか……着払いで!あの、着払いで!!って言った気がする。その手帳には予定もぎっしり書いてあったし日記やメモ、友達とのプリクラなんかも貼ってあった。その拾ってくれた人はすぐに送ってくれて、しかも、着払いじゃなかった。たぶん、若い会社員の男の人だった。このとき、全く知らない人に自分の手帳が渡って、中を見たかはわからないけど、ちょっと興奮した自分がいた。友達とかには、中見られたらやばいんだけど死ぬとか言ったけど、見ていてほしいかも、とも思ってた。見て、何を思いましたかわたしはどんな人間に見えましたか?って聞きたい。もちろんその拾ってくれた人とは、お礼にちょっとしたお菓子を送って、それきりだけど。

去年の手帳、最後のほうは、この毎日朝から寝る前までに起こったこと、考えたこと感じたこととかを書くことに対してなんだか神経質になってしまって、結構くるしくなってた。どこまで書き残しておけば良いのかわからなくなってしまって、もちろん書体とかはほんとうにぐちゃぐちゃなんだけど書き出すと止まらなくて、寝る前に書こうと思うんだけど、そうすると止まらなくなってあれこれ考えだしてしまってせっかく今眠いのに寝れなくなる、でも今書かないと書きたいこと変わっちゃうしと思ったり。それが結構なストレスで、なんか頭の中には文章がいっぱいあるのにそれを形に残すのがめんどくさい、でも残したいしとっておくべきだと思うから書きたい、でも時間ないあああああああってかんじ。そんなにストレスなら書かなきゃ良い、ってか実際わたしの日常なんて平凡でつまらない、特別面白いこともなんもないしって思ってもまたその、書かないは書かないでストレスで、どっちにしろ疲れる。学校のある期間は、授業中にちょうど良く書く時間があるからこんなことならないんだけど、夏休みとか春休みとかは、書くこといっぱいなのにそれをおさめる時間がないからこうなる。

一年間、ほぼ毎日日記を書いたことで、自分の日常や行動に対してメモ魔っぽくなってしまった気がする。けっこう病的に。こないだお母さんにこのことを相談したら、いいことなんじゃないって言われたけど、どこかに残しておかないと落ち着かないこの感じ、自分的にけっこうこわい。なんか、重要な単語とか、気になったものとかをメモするのは全然普通で必要なことだと思うけど、例えば夢日記つけるのよくないとかそういう感じで、日記をこまごま書きすぎるのも良くない気がする。ひとりでいるときいっつも、頭の中に、今の自分を文章で表現してくるやつがいるし、そいつは自分のことを客観的に見てくるし、実際に行動している自分よりも先に文章作っちゃうときもある。先に文章があって、それに自分が従わされているような感覚になることがある。どっちも自分でそんなに変なことはしていないけど、なんか、その感じがこわい。とかいいつつ今年の手帳は去年の2倍の大きさのものを買って、今日は4月7日、もう6日分そのページいっぱいいっぱいに日記を書いた。しかも今回の手帳には時間軸?みたいなのがある一週間ごとのページもついているからそこに毎日食べたものも書き留めてみることにした。今年もこの手帳からわたしは逃げられない。