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傘がない

電車のまどに描かれるななめの点線を見て、傘がないことをおもいだす。もう止んでいるとおもっていたのに、また降り出したみたいだった。雨に濡れるのはけっこうきらい。意味もなく悲劇のヒロインを演じているみたいで、ばからしい気がする。最寄り駅に着いて電車から降りると、ホームの隙間から雨が吹き込んでいて、嫌だなあとおもった。駅の階段を下りて、周りの人たちが傘をさすために一度立ち止まるところで、なにもないけどわたしも一応立ち止まって、雨の中を歩き出した。

歩きだすと、雨はおもっていたよりつよかった。すぐに、どんどん濡れた。自然と小走りになった。チャックのついていないトートバックと、父の日のプレゼントが入った無印良品の紙袋を持っていたんだけど、気づいたころには無印の紙袋はもう色がほとんど変わっていたから、あわてておなかでかかえなおした。そのうちにくつのなかにも雨が入ってきて、きもちわるくなってくる。そうやって走りながら、頭の中ではだいぶんむかしにNHKで見た、日常の実験みたいな番組で、傘がないときは走ると歩くよりも濡れないのか?みたいな実験を、ざ・たっちのふたりがやっていたのをおもいだしていた。ざ・たっちの片方が、雨の中を歩いて、同じ距離をもう片方のざたっちが走るというやつ。たしか、その洋服についた雨の量を量ったら結局どっちも変わらないとかだった気がして、つかれてきたし、もう歩こうかとおもう。でも、おなかにかかえた紙袋がびしょびしょで紙紐の持ち手のところが破けてきたので、中身もそろそろしみてくるのではとおもって、足を止めようとしたのをやめて走り続けた。このあたりで、シャッフルで聴いていたiPodからラモーンズがかかりはじめて、悲劇のヒロイン気分とはぜんぜんちがったのでとばしたかったけれど、立ち止まれないし、かばんの中でiPodがどこにあるのかわからなかったから、がまんしてそのまま聴きながら走った。駅から家までは歩いて10分くらいだから、走るのは余裕なんだけど、一度もとまらずに走り続けたのはえらいとおもう。朝も電車に間に合わなそうになって走ることはしょっちゅうだけど、たいていとちゅうであきらめて、わざとよけいにゆっくり歩き出すから、自分においてはなかなかすごいことだった。とちゅうから、自分のシャンプーのいいにおいがして、たのしくなった。

ただいま〜と玄関のドアを開けると、おかえりという声よりも先に、リビングのほうから「濡れちゃった?」と母の声がした。「びしょびしょになった」と返事をして家に上がる。父はもう寝ていたから、父の日のプレゼントは、ぼろぼろの紙袋からそうっと取り出してテーブルの上においた。そのままお風呂に入りなよと言われたけど、なんだかんだそのままでいて、お風呂にはやっとさっき入った。あしたは天気予報が何であれ、折りたたみ傘をもっていくこと。