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長い日記

今日の夢は、テレビ番組の「大学生カップルお見合い企画」みたいなのに参加する夢だった。さいきんしばらく会っていない高校のともだちと一緒に参加していて、5:5くらいのわりかしこじんまりしたやつだった。その企画の内容は、一日中その男女でどこか田舎の列車にひたすら乗って、最後に野外上映の映画をみんなで見るというもので、とくに無理やり二人ずつにさせられて話すとかはなくて、どちらかというとテラスハウスてきなかんじだった。自分はその企画に参加しながらも、「いまのこのシーンがテレビの中のタレントさんたちにああだこうだいわれるんだろうなあ」とかいう冷めたことをずっと考えていて、とくにたのしめなかった。でも、その最後の野外上映のときに、一緒に参加したともだちが、わたしの目の前でよこで見ていた男の子とキスをしていて、それを見てあせり、くやしくなっていた。映画がおわったあとも、そのともだちは何事もなかったかのようにしれ〜っとしていて、夢の中で、なんなんこいつとおもった。で、映画がおわったあと、最終的にいいとおもった人の名前を紙に書くんだけど、とくにこれといっていいかんじの人がいなくてなかなか書けなくて、もういいやとおもって、背はあまり高くないけど見た目がおしゃれでいちばんかっこよかった「佐藤くん」の名前を殴り書いた。下の名前もちゃんとあったけど、わすれてしまった。名字は確実に、佐藤であった。顔ははっきりおぼえているけど、佐藤くんは現実世界で見たことない人だった。ともだちとキスしていた人もしらないひと。そういえばきのう見た夢も、またべつの高校のともだちと合コンに参加する夢だったんだけど、そこにいた男の子も全員会ったことのない人だった。その合コンでは、いちばんうるさくて騒がしくて、なんか好きじゃないなあとおもった人にねらわれてしまって、嫌で嫌でトイレに逃げこんでいた。そういう夢に出てくる、見知らぬだれかはいったいどこから生成されているのだろう。じつはもう会っている人なのか、それともこれからどこかで出会う人なのか。まったく関係のない人なのかもしれない。まあでも、夢の中の人に恋をしてしまったわけでもないから、どうでもいい。

今日は三限がテストで、その授業はほとんど出席していないのにぜんぜん勉強していなくて、持ち込み不可だし、朝早めに起きて勉強しようとおもっていたのに、いつもどうりになってしまった。きのうのよるは今日の四限のゼミのレジュメ作りに追われていて、結局それも3時半くらいまでかかったので、まあ起きれるわけはなかった。それでも三限まではそこそこ時間があったので必死にやればたぶん勉強はまにあったけど、ふつうにCDをかけてシャワーを浴びたりし、ゆっくり準備をしてしまった。

今日は暑かった。駅まで歩いている途中で、ネバヤンを聴こうとおもってipodをくるくるいじっていたら電池が切れた。最悪だとおもった。しかたないので、そのまま蝉のなき声を聴きながら歩いた。やっと駅に着いて改札の前に立ったとき、定期をわすれたことに気がついた。ベンチにかばんをおいてしっかり探してもやっぱりなくて、ほんとうに最悪だとおもった。わたしは高校生のとき、部活の練習に寝坊して遅刻したときに「定期わすれちゃって、家にとりに帰って〜えへへ」みたいな嘘を何回かついたことがあるけど、これは実際にやるとわすれちゃったえへへ〜みたいなテンションで言えるようなことではないとはっきりわかる。めちゃめちゃくやしくてめんどくさいし、自分をぶん殴りたくなる。次この嘘を使うときにはもっともっとくやしがらないとだめだとおもった。財布をみたらお金もぜんぜん入っていなくて、定期がないと交通費がそこそこかかるので、とりに帰ることにした。走って走ってしんどいし、暑くて暑くて、ほんとうにイライラした。

やっと学校の最寄り駅に着いたときには、試験開始の10分前で、いいタイミングでバスに乗れば5分でつくからまにあうんだけど、そういうときにかぎってちょうどバスは行ってしまったあとで、7分くらい待たないと次のバスは来ない。最悪だ。もうがんばるしかないとおもって、ひたすら走った。また暑くてしんどくて、ipodもないし、こんなにも不幸が重なっていやになって泣きそうになった。勉強もしていないし、もうぜんぶやめたかった。走りながら、今日はほんとうについてない日だと確信した。でも、こんなに嫌なことがあったんだから、次はいいことがあるはずとおもって、きっとテストが意外とかんたんで、そんなに勉強していなくてもできるんじゃないかとおもった。ポジティブといえばそうかもしれないけど、一方で、学校に行く満員電車でたまたま、立っている自分の前に座っていた人がここで降りんの?みたいな駅で降りて、自分がすんなり座れてしまうとその日一日これからなにか嫌なことが起きるにちがいないとおもって、ラッキーとおもうよりもなんだかおびえてしまう。これは、子どものときによく見てた、天才テレビくんでエンディングにかかっていた「いやなことがあったらいいことがある〜順番にくる〜」みたいな歌の影響だとおもう。どんな歌だったかいまはもうおもいだせないけど、はじめて聴いたとき、ほんとうにそうだ!と強く感動したことはおぼえている。この歳になっても、刷り込みみたいに、まだまだ染みついているみたい。

結局テストはぜんぜんできなくて、たぶんだめだった。しょうがない。論述試験で問題は選択式だったし、いけたかとおもったけど無理だった。あまかったことを反省している。こんなにできないならあんなに一生懸命走る必要はなかったし、そういうことをかんがえたらまた今日の自分にむかついた。四限のゼミの発表もレジュメがんばったわりにあまりうまくできなかったし、今日はほんとうの厄日だとおもった。だから、とにかくはやくうちに帰りたくて、明日も提出の課題があるし、ほんとうに自分は性格が悪いとおもうけど、今日はともだちと飲みに行く約束をしてたんだけどそれを断ろうとおもった。でも、じゃあ飲みはやめてごはんにしようと言われたので、とりあえず、図書館で課題をしながらともだちの五限がおわるのを待った。待っているうちにいろんなことがどうでもよくなって、課題ももうまた帰ってからでいいやとおもえて、結局ともだちとごはんを食べにいった。そうしたら、そこからの時間は、今日いちにちの自分最悪とおもったぶん以上の自分最高とおもうことがおこって、結果的に今日はほんとうに良いいちにちになったとおもえたというはなし。帰りの電車の中では、なんだかこころがあたたまりすぎて泣きそうになったし、なんかいも自分は自分でよかったとおもった。さいきんに起こったいやなこともいいことも、どれも自分に必要なもので、それがあったからいまの自分があるわけで、きっとそれはこの先も同じで、だから大丈夫なんだとおもえた。

それでも、だから、次は嫌なことの番だということはわすれていなかった。だからきっと、朝、定期をとりに帰ってまた駅に戻ってきたとき乗ってきた自転車が撤去されているにちがいないとおもった(今日はちゃんとお金を払うところじゃなくて、ちょっとずるいところにとめてきてしまっていた)。電車から降りて、いそいで自転車置き場にかけよると、ぽつんとわたしの自転車はちゃんとあった。それをみて、あ〜今日はほんとうにいい日だなあと、にまにましながら自転車にまたがった。夜の音をしずかに聴きながら、わざとぐにゃぐにゃ蛇行するように自転車を漕いだ。ipodの電池がないのもぜんぜん気にならなかった。

マンションに着いて、自転車置き場に自転車をとめようとしたら、自転車置き場の下の段がひとつも空いていない。下段がいっぱいなことはそんなにないのに。うちのマンションの自転車置き場は、上段と下段にわかれていて、下段にとめるのはすんなりいくんだけど、上段にとめるのには、一度自転車をとめて、上にある自転車を入れておくところをひっぱって出して、そうするとそれがななめに出てくるので、そこに自転車を入れて、また上にもどさないといけない。とにかくめんどうくさい。背がちいさいわたしにとってはたいへんな力作業であるし時間もかかるので、ほんとうにやりたくないことであった。しかも朝はその下段から自転車を出したわけで、今回上段にとめたらこんど自転車を使う時は、その入れる作業の逆をしないといけない。めんどくさい。

その、自転車がいっぱいの自転車置き場の下段を見て、ため息が出て、また最悪だ、今日はついていない、とおもった。