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風街で風待ち

さいきんは、いちにちに色んなことをする日ばかり。今日はともだちと会って、美容院に行って、教習所に行った。それぞれの約束のあいだにすこし時間があいてしまって、本屋で立ち読みしたり、わざと電車を遠回りしたりしたのでつかれた。

松本隆の小説をよんだ。とてもとてもとても好きだった。こんなに自分の好みにばっちりあてはまって、はっぴいえんどとかをいいとおもうことをあたりまえだなとおもった。ほんとうに何もかもすてきだなあ。今日の天気は、油断したら雨がふり出しそうな、でも台風が過ぎさったあとのようでもあるくもり空で、風をあつめてがよく合う日だった。

 

はっぴいえんどをはじめて聴いたのは、中学生のころ、深夜ラジオでだった。ゲストでよばれたまだ無名のバンドの、日本語ロックの原点から聴き直そうとおもって聴いています、という前振りにつづいて、はっぴいえんどの風をあつめてがかかった。深夜にマンションの小さな部屋で聴くはっぴいえんどは、女子中学生にはまだはやかったんだとおもう、そのときはあまり良さがわからなかった。中学生のときは、みんなと一緒にグリーーーンとか嵐とかを聴いていて、両親が車でかける、聖子ちゃんやユーミン山下達郎カーペンターズなどを「親が好き」という理由だけで毛嫌いしていた。たぶん、はっぴいえんどもそのラインだな〜とおもったのだろう。でも、いまになってもこうやってはっきりおぼえているんだから、何かしら感じるものがあったんだとおもうし、そうおもいたい。

つぎに聴いたのは、高校生のころだった。読んでいたファッション雑誌(いまはもう廃刊になってしまった)で、菊池亜希子がipodで再生回数がいちばん多い曲として風をあつめてをあげていて、YouTubeで検索して聴いた。高校生のころは、ひっしにロキノン系のバンドを聴いていて、だれよりもはやく無名のバンドを見つけだすことに精を出していた。世界中で鳴り響くすべての音楽を聴いてやるぞぐらいの勢いがあって、毎週毎週ツタヤにかよい、すこしでも目に入ったり聞いたりしたものはすぐに調べてツタヤで借りるリストに入れたり、CDを買いに行ったりした。はっぴいえんどもそのひとつだった。

浪人してたころはあまりあたらしいものには触れなかった。大森靖子くらい。ラジオかYouTubeで聴いて衝撃をうけて、次の日CDを買いにいったのが忘れられない。あとはYUKIとかcharaとかばかり聴いていた。

大学生になって、さいきんはあまりラジオを聴かなくなって、ツタヤにもそんなに行かなくなった。逆に、両親が昔買って家にあるCDがちょうど聴きたかったやつだったり、好きでよく聴いている曲を、好きな芸能人やアーティストが紹介していたりする。遠回りしたけど、ゴールした?かんじがある。

いまはちまたで、シティポップが流行しているようだ。cero、ヨギー、ネバヤンなどなどわたしも好きでよく聴くけれど、ほんとうに好きなのか、それはただ流行に乗っているだけなのか……と考えてしまう。なんか、このジャンルを聴いていることがオシャレの一部であるような、そういうステータスがある気がしなくもないし。このあいだ調べたけど、シティポップは流行の30年周期にあてはまっているみたいで、流行るのがあたりまえなのか〜と時代のくりかえし感を見た。女の人のまゆ毛が太くなったり細くなったりするやつと一緒なのか。そう思うとしらないだれかに操作されているかんじがして、いやだなあとおもった。あと5年くらいしてもこういう音楽が好きだったら、ほんものだな。経過をみるひつようがある。そのころにはジャズとかクラシックを本格的に聴きだして、ポップ・ロックなんてねぇ……みたいなこと言ってたりしたらそれはそれでおもしろいなともおもうけど。