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2016年12月30日

2015年12月31日の日記の最後に「来年はやりたいと思ったことから逃げないようにしたい。がんばることはめんどくさいしつかれるし、だめだったときのことを考えてやめてしまうけど、そうしていると、たのしいことも逃げていくような気がする。今年は、そういうことを何一つがんばらなかった。がんばるというか、勇気を出すとか、ふんばるとかそういうこと。そういういうことは必要だとわかった。」と書かれていて、今思っていることと全く同じでびっくりしたし、かなしくなった。

年末になると、今年もあっという間だったな〜とよく口にするけど、本当に心からそう思っているわけではなくて、そういうもんだろ、という感じで言っている。今年はずっとやろうと思っていたことができるようになった。運転できるようになって、ギターを弾けるようになった。でも、運転はもう2か月ほどしていないし、ギターも1か月くらいは触っていないような気がする。せっかくできるようになったのに、忘れてしまう。あと、ピアスも開けたけどずっとしていなくて、この間久しぶりに入れてみたらもう膜みたいなのが張っていて、そこに無理やり入れたらすこし痛かった。そういうことを思うと、今年もちゃんと366日あったなあと思える。何かをできるようになってそれを忘れちゃうくらいの長さはちゃんとあった。今年の元旦に一緒に飲みに行ったカップルは別れてしまったし、自分の中でも始まって終わったことは何個かあった。

もう一度、2015年の12月31日の日記の話にもどるけど、「今年はいろいろ我慢した。したくて我慢。会いたい人に会いたいのを我慢したくて我慢した。電話したいのも我慢したくて我慢した。勝手にしたらいいと思うけど、ふつうに苦しくなったときもあった。」と書いてあって、とても恥ずかしくなった。多分これは、誰か男の子のことを言っているだけではなくて、仲のいい友達とか、ふと会いたくなった人とかのことも言っていると思うんだけど、このメンヘラ的文章に震えた。自分は何を言っているんだと思って笑ってしまった。日記をつけていると、自分の恥ずかしいところもおもしろく思えてくるから良い。今年の日記やブログも、そういう意図で書いたことにしておこうと思った。