晴れてても寒い日

家から駅まで歩くあいだに、左足のパンプスのヒールが、排水溝の蓋の7個に1個くらいある銀のあみあみのところにはまって抜けなくなった。結構あせったけれど、すこし力を入れたら思いのほかすぐに抜けたので、よけいにあせっていた自分が恥ずかしくなって赤面する。そして、だれにも見られていないのに、勝手に恥ずかしがっている自分がまた恥ずかしくて、赤面に拍車がかかる。それなのに、まるで何事もなかったかのようにすかした顔で歩こうとする自分がおもしろくて、笑ってしまう。

就職活動がはじまってスーツを着るようになってから、こんなことを、もう5、6回くらいやっている。ヒールのある靴でその上を歩けば、そのあみあみのどこかの穴にすっぽりはまる可能性があることはわかっているのに、どうしてもそのあみあみの上を歩きたくなってしまう。でも、はまったらはまったであせるし、はまらなかったら、「うぃ〜セーフゥ〜〜ッ…!」と楽しくなるわけでもなく、それはそれでなんだか物足りないように感じる。結局のところ、自分は何がしたいのかわからないし、全くもって無意味だと言い切れる行為だと思う。しかも、きっとこれから選考が進むにつれて、「あみあみにはまらず歩けたら面接通る」みたいなジンクスが思い浮かんでしまって、ほぼほぼはまるに決まっているのに、でも思い浮かんだからには従わないといけないような気がして、すっぽりはまって落ち込み顔で面接会場入り、みたいなことが起こりそうでこわい。

でも、そういうことってたぶん皆ある。なんでそんなことをするのかわからない、だれのためにもならない行為が、皆のなかにある。そう考えると、人間は愛おしいなあと思う。

 

学校へ行き、学内説明会に参加した。ここで、ちょっとむかつくことがあった。むかついた内容はたいしたことではないし、その会社の人がこれを読んだらこわいから割愛。久しぶりに見かけた友達が同じ教室にいたけど、向こうはわたしに気がついた様子がなかったので、そのままにして学校を後にした。歩いているときに、ヒールがカッカッと鳴るのが怒っている自分と合っていて、歩いていて気持ちがよかった。

次の会社に行くまでに時間があったので、駅前のマックで久しぶりにハンバーガーを食べた。カウンターの席にすわって、スーツに食べかすをこぼさないように用心して食べた。後からわたしのすぐ隣の席に人がすわって、わたしはその人のことを漠然と「髪の長い男の人」だと思っていたんだけど、よく見たらただの髪の長い女の人だった。それを見て「そりゃそうだ」と思い、おもしろくなってしばらくにやにやしていた。

ふつう、髪の長い人は女だ。自分よ、ものごとをもっと真っすぐ見なさい、と思った。だから、電車の中にいた外人さんの鼻を見て、「外人はやっぱり鼻が高いな」と自分に言い聞かせるように、わざとらしく考えた。ほんとうに高い鼻だった。

 

電車を乗り継いで、べつの会社の説明会へ行った。今日もまた、変な、意味不明な自意識のかたまりみたいな、嫌な質問をする人がいて、ひやひやした。説明会のあとは、その駅周辺をふらふら散歩した。とてもいいところだった。そこで、たまたま、しばらく会っていなかった、昔お世話になった人を見かけた。話しかけたかったけど勇気が出ず、気づかなかったふりをしてすれちがってしまった。ちゃんとごあいさつすべき相手だったのに、できなかった自分が恥ずかしくて、すごく後悔した。帰りの電車で、その人に話しかけていれば妄想ばかりしてしまって、自分はしょうもないなと思った。

最寄りの駅について電車を降り、またカッカッとヒールを鳴らしながら歩く。しばらく歩いて、ふとうしろを振り返ると、仕事帰りの母がいた。手を振って近づくと「OLかと思った」と言われ、見てきた会社の話をしながら、一緒に帰った。

 

だれもいなかったら、靴を脱いで、はだしで歩いてしまおうと思っていたのに、結局脱ぐことはできず、家の玄関までカツカツ音を立てながら歩いた。