朝起きて‼︎会社行って‼︎

朝から、こたつでごはんを食べながら、録画していた先週のカルテットを見て泣いた。

なんていうか、そんなことはどうでもいいんだよ、もっと大事にするべきことを知っているくせに、大事なことは別にあることをわかっているくせに、うるさい〜そんなのどうでもいい、本当にどうでもいいじゃん!と思って、ピンポンのアクマのあの警察役の人がむかついてむかついて、気がついたら泣いていた。こたつのなかで膝を立てて座り、きんぴらごぼう、たまご焼き、とろろごはん、きゅうりの浅漬け、おみそ汁に順番にお箸をつけながら、ぼろぼろと泣いた。

 

自分がどうでもいいと思うことは世間的に大事なことで、社会で生きていく上で重要なことで、それがないともちろんだめだということはわかっているけど、本当にどうでもいい。どっちが偉いとか、どっちが悪いとか、そんなことを能力とか学力とかそういう表面的なものだけで評価して分類して、事実だけを見て、実際に起こした行動とか、その証拠とか、そういう外から見えるものが一番大事になってて、内面的なことは、見えないからとか見せようとしないからとか言って、ないものみたいに扱われる。

実際は、ひとつの行動をすることやある一言を口に出すために何十、何百もの思いがあって、そういう頭のなかと体、口から出る言葉はほとんど一致することがなくて、だから、見えているものなんて本当に一部分でしかないのに。

不器用にしか生きれない正直者より器用に生きている嘘つきばかりが評価されて、むかついている。

 

さいきん、これから社会人になったら、そういう枠の中で生きていかなければいけないのだ、ということにはっきり気がついた。今までは、そういう世界があることは知っていたけど、知っていればいいくらいで、別に関係なかった。どうしてもその中に入らなければいけないことがあっても、「学生」っていう立場だったり、こういうひねくれた自分がしっかりしてたりして、ちゃんと抜け出すことができた。こんなのことを、正義感がつよいみたいに言っていられるのも、自分がまだ大学生だからだし、なんにもわかっていないからだと思う。

そうは思っているけれど、だからこそいちばんこわいのは、そういう枠のなかに入って、こういう自分がいたことを忘れていくことで、社会人になって、毎日精一杯に仕事して、社会に揉まれて、気づかないうちにそれだけでいっぱいいっぱいになっていって、好きだった音楽とか本とか友達とかのことを忘れていって、毎日の嫌なことでいっぱいで、楽しみといえばその悪口をつまみに酒を飲むとか、月に一回のネイルとかになって、ネイルはインスタにあげて、とかそういうこと。

なんとなく、自分は環境に流されやすい部分があると思っているから心配。ちゃんと心配していれば、忘れずにいられると思うから、ずっと心配しつづけてほしい。でも、ずっとそういることは、大人として物事を判断できなさそうで、よくないとも思う。ピーターパンみたいになっちゃうってことでしょう。こういう矛盾した葛藤とともに就職活動をしているから、たぶんむずかしいんだろうなあ。

 

 

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↑3月21日の下書き

 

就活おわって一週間ちょっと経って、いろんなことから解放されてよろこんでたじぶん、4か月前のじぶんの文章にはっとさせられる。就活を通して成長できたとかじぶんのことがよくわかってよかったとか言う人いるけど、そんなプラスの感情はほとんどない。もう二度とやりたくない、まだ人生においてこれが残っているひとかわいそう、とバイト先の後輩たちに話してしまったほど、わたしはきつかった。

だからおわってもちろんうれしいんだけど、うれしいということは、本当にここに書いてあるような変化が自分に起こりはじめているような気もするし。めんどくさい。

なにもかもぜんぶ自分でわざとめんどくさくしていてばかみたい。