結婚式のメンバー

マッカラーズの結婚式のメンバー、村上春樹の新訳のやつを今日までに読みきろうとおもっていたけど、間に合わなかった。今日は、中学校のとき同じ部活だったともだちの結婚パーティーみたいなやつだった。実際には、ダーツバーみたいなところを一部貸し切って、新郎、新婦のともだちを十何人かずつ呼んだすこし立派な飲み会というかんじで、そこまでたいしたものではなかった。「結婚」感のあったのは、結婚する二人の生い立ちから出会いからプロポーズまでをざっくりまとめたスライドショーが、上の方にある小さいテレビでさりげなく何度も何度も流れていて、そのプロポーズシーンの写真になったらみんなががやがやと茶化す、くらいだった。

できちゃった婚だったこともあって、わたし自身、自分の親に、◯◯に子どもができて結婚するんだって、と言うのに時間がかかった。わたしはべつに、そのともだちと彼氏ががんばって決めたことなんだろうから、それに対してあれこれおもうことはないけど、親たちはちがう。お母さんもお父さんも、わたしの嫌いな嫌な顔をして、えー……あの◯◯ちゃんが?と言うのが目に見えてわかった。それがわたしに対する戒めなのかなんなのかわからないけど、自分にとってともだちをわるく言われているようにおもうし、自分の親がいじわるなおばさんとおじさんに見えてくるからとにかく不快で、なかなか言い出せなかった。今日、当日になっても、わざと話題にふってこない感じがあったし、いつもならわたしがおめかしするのを一緒になって楽しもうとしてくる母親も、わたしの着ていた黒いワンピースを見て「30代の未亡人みたい」と辛口に言ってきただけだった。

集合時間にすこし遅れて、一緒に行くともだちたちと落ち合った。すでに集まっていたうちのひとりの子は、おなかがぱんぱんだった。妊娠しているということは聞いていたけど、もうこんなだとは知らなかったのでびっくりした。その子はもう結婚していて、つい最近に一歳になった子どもがいるので、このおなかの子は二人目。そのおっこちそうな大きなおなかをすりすりさわらせてもらいながら、ここにもうひとつ命があるんだなあ、とかいうよくある台詞を頭の中で棒読みした。今の自分にこれがくっついて、だれかのお母さんになることなんて、どうやっても考えられなかった。そのともだちとわたしは、中学校のときに顔が似ているとよく言われていて、身長も同じくらいで部活も一緒で、双子とかドッペルゲンガーとか言われていたんだけど、気づいたらもう、ぜんぜんちがう人生になった。「中学のころは◯◯とドッペルゲンガーって言われてたのに、すごいなあ。」とわたしが言ったら「ほんとにね〜」と笑っていた。この子以外にも、来ていたなかにもう一人妊娠しているともだちがいて、それは今日聞いたんだけど、あまりびっくりしなかった。逆に、もう、同い年の人がそういうこと(妊娠とか結婚とか)をする歳になったんだなあとおもった。わたしはこのともだちたちよりも、おもしろい本や映画、良い音楽、お洒落な喫茶店、むずかしい哲学者の名前やパソコンの操作の仕方だってたくさんたくさん知っているけれど、好きな人とするセックスの気持ちよさや、男の子のくちびるの感触、家族やともだちとしてではない特別な存在として自分を認められたりだれかを認めたりする安心感はしらない。中学校を卒業してからの時間をこうやってくらべてみると、自分が経験してきたことになんて重要なことはほとんどなくて、まだまだ体験していない大切なことがたくさん残っているとよくわかる。良い高校に入って、そこそこの大学に通うことで自然に用意されていたことなんて、これからの人生においてはどうでもいいことばかりだったのかもしれないとおもった。

わたしもいつかだれかのお嫁さんになってだれかのお母さんになるのかなと考えてみても、いまは何も想像できないけど、なるときはなるときで、このまま、そんなに自分は変わらないままでなっていくんだろうなあとおもった。結婚しないまま嫁とか妻とかになる人なんていないし、子どもができる前に母親になる人なんていない。だれかのお嫁さんになれるのかなとか彼女になれるのかなとかそんなことばかり考えても、実際になってみないとわかるわけないんだなあとおもった。

 家に帰って、親に、どうだった?と聞かれたときのために、旦那さんいい人そうだったよ〜とか、おもっていたよりもしっかりした人だったわ〜、とか自然に言えるようにいろいろ考えていたんだけど、帰ったら母は寝ていて、父もおかえりと言ってきただけで何も聞いてこなかった。ともだちをかばう必要なんてないのに、なんでこんなことをするのかわからないけど、わざわざひとつ前の駅で降りて歩きながら、その旦那さんのよいところを必死に思い出そうとしながら帰った。きっと、いろいろ大変だとはおもうけど、しあわせになってほしいとすごくおもったし、自分もしあわせになりたいとおもった。でも、あたりまえだけど、結局どこか他人事で、自分には関係ないなとおもっていたところもあるから、わからない。

うさピヨにゃーにゃ

このあいだタンスの中を整理していたら、むかしアメアパで買った、すごくすごく丈が短いデニムのミニスカートが出てきた。広げて、いまの自分にあてがってみると、こんなの洋服じゃない・・とおもった。もう履けないし、こんなのを良いとおもっていた自分がいたことにおどろく。はずかしかった。自分はどんどん変わっていくなあ、とおもった。わたしは、いつも自分のことを好きになれないけど、むかしの自分のことはもっと嫌い。とりあえずこのころの自分よりは今ましだわ、とおもう。なりたい自分はいつもとおくて、たぶん永遠に自分に満足なんてできないんだとおもう。

大学生になって、自由に使えるお金や時間がふえたことで、やっと自分のほんとうに好きな物がわかってきた感じはある。映画でも音楽でも、はやりとかまわりのともだちにまどわされない、ほんとうに良いとおもうもの。最近は、洋服も、季節にごとにほしいものをすこし買い足すくらいで、去年のままほとんど着られるし、むしろそれが楽しくなっている。春になれば、今年もこのワンピースの季節になったな、とか思うし、秋にはタンスの奥底からセーターをひっぱりだして、柔軟剤のいいにおいにしんせんなきもちになる。ちょっと前までは、去年のその季節に着ていた服のセンスのなさに毎年がっかり、去年の自分にどん引きしていた。着たくなくなった服は、部屋着に成り下がるか、捨てるか、だれかに譲るかリサイクルショップに売るかしていたけど、もうそんなことはしなくなった。

こうやって、だんだん落ち着いていくんだろうか。そのうち逆に、今の自分よりもすこしはむかしのほうがましだった、とでも言うように、あのころはよかったな、20代のあのころの自分に戻りたい、とでもおもうのか。若い頃はたのしかったわ〜とかべちゃくちゃ言ってるおばさんの仲間入りか。過去の自分を好きになれるのはいいけど、そればかり言うのは醜いだろうなとおもう。

それから、自分が変わったのに、それを自分以外のせいにするのはよくないとおもう。すごくきらい。自分が好きになった人のことを嫌いになった(または、自分のことを好きになってくれた人に嫌われてしまった)のは自分がなにかしら変わったからなのに、それを、なんかやっぱり合わなかったんだよね〜とか言うなよ、とおもう。たのしいたのしいって言ってじまんしていたサークルの活動とかバイトとかをやめるときに、ぼろくそ悪口を言うなよ、とおもう。もちろん他人のせいのこともあるけど、たいがいはそういうのを後付けの理由にして、自分の良いように言う。でも、わたしは、そうはおもっているけど、タンスの奥から見つけ出されたミニスカートを履いていた自分をなかったことにしたい、とおもったように、そういうことは、おもっているよりも自然に言ってしまっている。ともだちからしてみれば、「いや、このあいだはこう言ってたのに。」とおもわれていることはよくあるだろうな。いやだなあ。ちゃんとぜんぶ有言実行したいのに、ぜんぜんできない。21歳のうちにブータンに行くと言っていたのに結局行かないし、ギター練習すると30回くらい言っているのに、ギターの練習していない。就活のはなしでも、金融とかそういうつまんなそうなのは嫌、半導体売ったりなんてできないとか言いつつ、そういうとこに就職したらうまく理由をつけて、そのむかしの自分を置いてきぼりにしてしまうんだとおもう。どれも自分の頭で考えて自分の口から出た言葉なんだから責任をとりたいとおもうけど、自分は変わっていったり、そのときのちょっとしたかっこつけたいきもちとか雰囲気とかに負けてあれこれ取り繕ってしまったりして、その言葉をかんたんにうらぎってしまう。生きていく上でしょうがないことかもしれないけど、ほんとうにしょうがないことなのかわからない。

こういうことがあって、自分のこととかともだちのことがいやになったときは、トリプルファイヤーの「SEXはダサい」を聴く。

ごめん、そのときはそうおもった〜

そのときおもっただけなんでべつに、責任とれませ〜ん

とふわふわ言ってくれるので、まあいいか、どうでもいいやとおもえて楽になる。今日もお経のようにこの曲を聴いた。

 

よくわからない生きもの

昼休みに、三限の大教室のすみっこでお昼ごはんを食べていたら、ともだちがやってきた。にこにこしながら、「サラダチキンダイエットの効果でてきた」というので、わたしはその子の顔を見て、あ〜たしかにやせた気がする、と言った。そうすると、2キロやせた、このへんがね、と顔のえらあたりをさすりながらまたにこにこして、今度はかばんからコンビニのビニール袋を取り出した。「だから、今日は、これ」と言って、タニタ食堂の100kclデザートカスタードプリンをていねいに机に並べる。その感じがとてもかわいらしくて、わたしもにこにこした。その子は近々、けっこう長くつき合った彼氏と別れるらしいというのを別のともだちから聞いていたので、そのことについて聞こうかなと思ったんだけど、なんとなくやめて、プリンいいな〜と言った。

今日の三限はもうひとり、ともだちが来る。ともだちとかぶっている授業は少ないので授業はだいたいひとりで受けているけど、この授業はいつも三人で受ける。でもなかなかもう一人が来なくて、そういえばきのう彼氏とけんかして、もうやばいかも、みたいなことを相談されたのを思い出した。休むのかなと思っていたら、少し遅れるとラインが来た。授業が始まって20分くらいしたらまたラインが来て、どうしよう、泣いてしまって行けない、泣くだけ泣いてから行く、と言われた。大丈夫かーべつに今日休んでもよさそうだよとか言うと、でも行くもう着く、と言って、5分後くらいに教室に入ってきた。入ってきたとき、口が思いっきり「へ」の字をしていて、かわいくて、笑ってしまいそうになった。

そのあとは四限を受けて帰るつもりでいたけど、その遅れてきた友人が出るというので、五限のあとに一緒に就職ガイダンスを受けることにした。それまでは図書館でぼーっとしたりした。今日は自己分析/適職診断講座で、とても嫌な内容であった。専用のウェブサイトで、いくつかの、そんなの自分で選んだら本当の自分についてじゃなくて理想の自分について答えるでしょっていうような質問に、強くそう思う!どちらかといえばそう思う!とか、どちらかといえばそう思わない!とかをどんどん選んで、診断する!、を押すと、〜あなたはコップから水が溢れ出すように想像力が溢れているタイプです〜とか言ってくるやつをやらされた。そんなのまったく信用できないとおもう。この結果で、あなたは創造的思考力に恵まれています適した業界はマスコミ業界ですとか言われたのを信じ込んで、撃沈する人とかいそうとおもった。性格悪い。でもそんな内容だった。

就職ガイダンスの前に、そのともだちに何も聞かないのも変かなとおもって、(彼氏と)どうなった?と聞いたら、話しだす前に、いまこの話すると泣いちゃうから、と本当に泣く寸前みたいな顔で言われたので、あわててごめんとあやまった。ガイダンスが終わって、そのともだちについて、いつもは使わないひとつ先の駅まで歩いた。その子とは使っている駅がちがうのだけど、今日はその友人のほうの駅を使って帰った。なんとかはげましてあげようとおもって、「サーティーワン食べたい」と言ったら、「うちはアイスいらない」と言われた。じゃあわたしが食べるの見てて、と言ったけど、けっきょくサーティワンには行かなかった。その代わりに、ブックオフに寄った。何冊か買いたい本があったから寄ったんだけどその本はどれもぜんぶなくて、連れてきちゃったのに申し訳ないなとおもっていたら、そのともだちが「いまの気持ちに、合う本を選んで」と言ってきたのでびっくりした。そういわれると、最近読んだ本も今まで読んだ本もどうにも思い出せなくて、しかも目の前には大量の本が並んでいるもんだからよけいにわからなくなった。とりあえず、ぜったいこの中からひとつ選ぼうといって、100円コーナーをぐるぐるした。なんとなく、有名だし読みやすいしおもしろいし元気でるから、とりあえずこれ読みな、と、吉本ばななのキッチンを買わせた。キッチンを読んで、感想やおもうこと、考えたことはいろいろあるけど、まとめるのがむずかしい。最後まで読んで、やっぱり、いちばん大切にしたい人とはつき合うべきなんだな、とおもった。つき合わないのはずるいこと。つき合わなきゃいけない。自分の考え方は間違っていたことに気がついた。でも、気がついても何も変えられないけど。ともだちがレジでお会計をしているとき、ポイントカードをつくっていたのがうれしかった。わたしもつられて、読もうとおもっていた、うたかた/サンクチュアリなど、文庫を三冊買った。ともだちが「わー、本とかはじめて買ったかも……はずかしい」というので、ちゃんと読むんだぞ、と言った。うん帰ったら読む〜と言って、ふたりでブックオフの紺色のビニール袋をふらふらさせながら駅まで歩いた。

昨日、そのともだちに彼氏とのあれこれを相談されたとき、「うちは◯◯(彼氏)のために、細くなってかわいくなっていればそれでいいとおもっていたけど、ちがった」と言っていたのが、とても印象に残っている。今日はすごく、女の子はいいなあ自分は女でよかったなあとおもった一日だった。

 

よわよわのよる

鍵をもっていなくて、おうちに入れない。バイト終わりの23時くらい、家のドアの前でしゃがみこんでためいきをつく。家の中には父親がいたんだけど、ここ一週間くらいどうしても口をききたくなくて、顔を合わせないようにしていたから、かんたんにピンポンを押すことができなかった。母はゴールデンウィークで弟のところへカーテンの裾を直したりしに行っていて、うちにはいなかった。しょうがないので、しばらくドアの前の通路に立って、ぼーっと下を眺める。うちはマンションの5階だから、けっこう高い。ずーっと見ていたら、なにかを落としたくなったけどがまんした。どうしよう、どこか近くのお店に入ろうかとか考えながら、こういうときに、気軽にすぐ会おうと言える地元のともだちがいないことに気がついて、自分はなんてさびしい人間なんだろうと思った。同じマンションには同い年の女の子が4階と7階に住んでいて、幼なじみでなかよくしていたけど、中学校のときわたし以外の2人の仲が悪くなって、自分は間を取り持つ役目になってめんどくさくて、高校は3人ともばらばらになったし、今はもうほとんど会わなくなった。そういえばラインすらも知らない。

その日はそんなにさむくなかったから、このまま朝まで待ってもいいやと思った。トイレもしばらくは大丈夫そうだったし、アイフォンもipodも充電は十分だったし、読みたい本を2冊と手帳をもっていたから。でも冷静になって、あしたもバイトがあること、なによりお父さんと話したくないから家に入らずドアの前で朝を迎えた、というのはとんでもなくばからしいことだよなと思った。もうすぐ22になる21歳のやることではない。それに、朝になったら自動的に鍵が開くわけじゃないし、結局はどうやったってお父さんと顔を合わせないことにはうちには入れない。でもどうしても嫌だ。こんな自分は本当にばかでみっともなくてちっぽけで嫌になる。よわよわである。そんなことを考えていたらどうしようもなくさびしくなって、大学のともだちに電話をした。そうしたら、アイフォンを耳に当てるよりまえに「通話中です」みたいな文字が出てきて、一瞬ではじかれてしまった。すごくかなしかった。ひとりになりたくて人を避けたりつきはなしたりしてしまうときもあるくせに、こういうときはさびしくなって、自分はわがままだ。いろいろなもののツケがまわってきたんだなあと思って、後悔する。

5分後くらいにそのともだちが折り返し電話をくれて、おーいどうした?と言ってくれた。鍵がなくておうち入れない、家誰もいないの?いや、いるんだけど……と事情を説明したら、なにそれ、ふつうに謝って鍵あけてもらえよ(笑)と、ごもっともなことを言ってくれた。じゃあうちに来る?じゃなくて、こう言ってくれるともだちを持ったことをほんとうにうれしく思った。そうだよねありがとう、そうします、おやすみといって電話を切ろうとしたら、ちゃんと家入ったらラインしてね〜って言われて、また泣きそうになった。なんてしっかりしてるんだ、それにくらべて自分はどうしようもなくばかでみっともなくて以下略。1回目、ピンポンしたら反応がなくて、これはもしやお父さん云々のあれじゃなかったのかもしれないと別のレベルで不安になったが、2回目のチャイムで寝ぼけた父親が出てきた。あのね、鍵なくって、とかなんとか言いながら家に入れてもらって、お父さんは寝ぼけてるから、ああとかうんとかだけ言ってまたすぐふとんにもどっていった。リビングに行ったら、インターホンがちかちかしていて、さっきピンポンしたときの自分が映っていた。うつむいて、かなしそうな死にそうな顔をしていてめっちゃおもしろかった。それを笑って元気が出た。

こんなこと、好きな人がいて、その人に話して、なにやってんのばかだなーあほだなーって笑ってもらえればそれでいいのになと思う。

そうすればこんなブログなんて書かなくてすむ。

 

かなしい夜を見かけたら

言いたいことがあるのに言えないとくやしくて泣いてしまう。ただ泣くことしかできない。泣いて泣いて泣いて涙で顔がぐしょぐしょになって鼻水が鼻の中にたぷたぷして。口でしか息ができなくなって、はぁはぁ言うけど、そのうちに唾液がたまってきてそれを飲もうとすると鼻がつまっているから耳がドクン、と言う。顔は真っ赤で、耳まであつくて、目の中も真っ赤。世界でいちばんブサイクな顔。ティッシュではなみずをかんで、気を取り直すけど、そのことを考えるとまた、勝手に涙があふれてふりだしにもどる。どうしようもない。

今日はおいしいパン屋さんでお昼を食べて、バイトあがりにアイスも食べて、帰りには爆音でフィッシュマンズを聴きながら歩いて帰ってしあわせだった。駅からの帰り道はフィッシュマンズを聴きながら、靴を脱いで歩いた。くつしたをとおして感じるアスファルトはちょうどよくひんやりしていて、きもちよかった。これはただのメンヘラごっこなわけではなくて、ちゃんとした理由があって、それはこのあいだ揚げもの料理を作っていたとき、油がはねて、左足の甲をやけどしたことに原因がある。いまは直径2センチくらいのみずぶくれになって、ここ何日かはそれを破らないようになかよくやっているんだけど、そのせいでスニーカーが履けなくなってしまった。代わりに、甲が広くあいたデザインのぺたんこのバレエシューズを履いている。そのみずぶくれがこれまた、なかなかかわいらしい。白いくつしたの上から見るとよけいにかわいい。たまに、そのみずぶくれがちゃんといるか、さりげなくさわって確認するのもいい。でも、おふろに入ったとき感じる「自分の一部、じゃない感」がすごい。イクラから生まれた鮭の赤ちゃんはしばらく、自分よりでかいみずぶくれ、みたいなそのイクラをおなかに付けて泳いでいるけど、絶対きもちわるいだろうなと思った。そんなことはどうでもいい。そう、バレエシューズ。すごく歩きやすいんだけど、やっぱり慣れなくて、一日バイトしていると疲れてしまう。きのうは帰り道、バレエシューズのかかとを踏んづけてぱこんぱこん鳴らしながら帰った。とうとう今日はがまんできず脱いでしまった、というわけである。人のセックスを笑うなのユリちゃんみたいだな、と思っていたら元気が出た。くつしたは思っていたより汚れなかったから、手洗いなし、そのまま洗濯機に入れてしまおう。

きのうから、右耳のピアスホールが腫れて痛い。消毒していたら血が出たし、こわいから足のやけどとまとめて明日皮膚科に行こうと思う。明日はコンタクトを買いに眼科へ、あと住民票を取りに市役所、そのほかにもやることがいっぱいあってちゃんと全部できるか緊張する。こんな時間まで起きてしまっている時点でもう絶望的だ。皮膚科に行ってみずぶくれをつぶされたらちょっとかなしいなと思う。

こんな味だったっけな

今日は朝からモノレールに乗って八重桜を見に行った。正確には、八重桜を見るために行ったんじゃなくて、用事があった場所に八重桜がきれいに咲いていただけ。すごくきれいだった。でも、枝ごともげて、まだお花は元気なやつがたくさん落ちていて、それを踏んづけたり蹴ったりしてしまって、なんだかしゅんとなった。

そのあと午後からはバイトに行った。朝礼を終えて売り場に出て、試着室の前で8つ?くらい歳上の男のスタッフに、おはようございます、と挨拶をする。今日は風が強いですね〜とか話していたらいきなりその人が、「〇〇さん、今日眠そうな顔してるね」と言ってきた。うーん、ちょっと眠いです……とか言っていたら、その人は、「うん、今日は素直そうな顔してる」と付け加えて笑った。なんかよくわからないけど、ドキーっとした。いやあ、いつでも素直ですよう〜とか言いたかったけど、すごく恥ずかしくなって何も言えず、えーーとか言いながら照れ笑いしてその人から隠れた。いま思えばべつにドキドキなんてしないけど、その時は、言い方とか間の取り方とか目線とかそういう言葉以外のなにかが反応しあって、ドキドキさせられた。素直そうな顔ってどういう意味だったんだろう。いつもは素直じゃなさそうな顔をしているのか。そもそも、そんなことまで考えずに、てきとうに言ったのかもしれないけど。バイトは今日も普通におわった。うれしいことが4個、困ったことが1個くらいあった。
そういえば今日、朝起きてこたつでごはんを食べていたら、お母さんに、わたしの、ブラジャーのホックの上あたり、肩甲骨のよこの背中のお肉をむにむにつままれて、ニヤッとされた。(お母さんと)お揃いじゃん、と言われて、姿勢が悪いからだよ、しゃんとしておけば気にならないのに、と言われた。今日は早起きで寝起きがわるく、朝からそんなことを言われてとてもむかついてしまって、うん、と聞こえないくらいの愛想ない返答しかしなかった。後で電車に乗っている時、うるさい〜(笑)くらい言っておけばよかったと後悔した。こういうところはいつになったら大人になれるのか。親の前では、いつまでもこういう子供なんだろうな。それと、自分でもちょっと気がついていたけど、やっぱり最近また太ってしまったみたいだ。体重計がうちにないのでわからないけど、たぶん1.6キロくらい増えていそう。顔も、まるくなったし。ここ最近ドーナッツにはまっていて、コンビニで買ったりミスドに行ったり、毎日のように食べていたからたぶんそれのせいだと思う。今日もローソンでオールドファッションとカフェオレしてしまった。もう、しばらくやめる。今日は一日、その背中のお肉のことが気になって、ブラジャーの背中のほうを何回もずらしたりさわったりしていた。アンパンマンのほっぺみたいに、ぶちってちぎりたい。
 

四月のせい

髪を切ったのも四月のせいで、ピアスを開けたのも四月のせい。着慣れない薄いピンク色の服を着て出かけてしまったのも四月のせい。サニーデイサービスを聴きながら吉本ばななを読んでしまうのも四月のせい。授業を受けて、先生の冗談話にクスッとしてしまうのは四月のせいで、三年生暇だからなんか新しいことしたいんだよね〜と口からゆるっと出てしまうのも四月のせい。新しく出会った人になにか期待してしまうのも四月のせい。久しぶりに浪人時代の友人と会ってみようと思ったのは四月のせいで、さくらきれいだね〜と木になったポップコーンみたいなのを見ながら言ってしまうのも四月のせい。あと四キロ痩せようと思うのは四月のせい。一度も洗ってないぼろぼろのスニーカを洗おうと思ったのも四月のせい。目がかゆくなって二重の幅がいつもよりちょっと大きくなったのは四月のせいで、左耳がすこしこもって聴こえるのも四月のせい。お母さんの帰りが遅いときはごはんを炊いて味噌汁を作っておこうと思うのは四月のせい。自分のお弁当は自分で作ろうとかも思う。いいなと思ったちょっと高い靴を買おうとしてしまうのは四月のせい。晴れた日に音楽を聴きながら見知らぬ街をあてもなく散歩して、気分まで晴れた気になるのも四月のせい。もうコンビニにおでんが置いてないのも四月のせい。
環境が変わって、これから自分には何か特別なことが起きるのではとわくわくそわそわしている人を見て、むかむかするのは四月のせい。あーうるさいうるさい。