ネトストの歌(完)

このあいだ、5年前からネトストしている女の人に、ついにばったり会ってしまった。去年の9月にネトストの話を書いたときに、たぶんもうすぐどこかで会うんじゃないか、と言っていたんだけど、約半年後ほんとうに会った。正確に言うと、わたしが一方的に見つけただけで、たぶん相手の視界には入っていないし、会話もしていないから、会ったというか見た、という感じなんだけど、けっこうな大事件だった。

わたしはその日、映画を見た。エンドロールが流れきって明かりがついて、真ん中の席だったので、まわりよりもすこしゆっくり立ちあがった。そのまま、ロビーのひらけたところに置いてある公開待ち映画のチラシをじっくり見て、面白そうなのを何枚か選び、そのチラシを見ながらふらふらと映画館をあとにしようとした。そのとき、一瞬すれ違った女性が、まちがいなくその人だった。

わたしは前を見ないで歩いていて、人にぶつかる、とおもってあわてて顔を上げたので、ほんとうに一瞬の出来事だったんだけど、ほんとうにもう絶対に、その人だということがなんとなくわかった。わからないけど、完全に、絶対的にわかった。写真はそんなに見たことはなかったけど、わかった。一瞬何が起こったか理解できなくなって、急いで振り返って三度見くらいして、それからしばらくその場に立ちすくんでしまった。映画とかドラマとかでよくあるシーンみたいに、一瞬まわりの音が何も聞こえなくなったような気がした。向こうはもちろんわたしのことなんて一切気にしていなくて、ただ通り過ぎて行っただけだったけれど。

思っていたよりも背が小さかったとか、やっぱりおしゃれだったとかそういう感想よりも、本当に存在していたとかいう変な感動よりも、「やっぱりな」と思った。やっぱり、話したらぜったいにわたしたち合います!という妙な自信が湧き出た。

ここにおいて、ちゃんと弁解させて欲しいのだけど、わたしはその映画館にその人が来ることがあるとか、この映画その人も見そうだなとか、そういうことは全く、一切考えていなかったし、知らなかった。ほんとうにいろんな偶然が重なった、奇跡みたいなものが起こったんだと思う。

 

その人は、わたしがいちばん行きたかった大学に通っていた人で、たしか高校生のときに、ツイッターで大学名と学部で検索して、まずプロフィールに大学名とか学部とか書いている人を見つけて、そのフォローから飛んで、飛んで、飛んで、飛んだ人が入っているサークルのアカウントに飛んで、そのフォロワーから飛んで、飛んで……という感じでその人を見つけた。その行きたかった大学は、今わたしが住んでいるところからだいぶん離れた地方にある大学で、その人は生まれも育ちもそこの人で、大学を卒業してからも、そのままその地方の会社で働いていた。一方、わたしはその行きたかった大学に落ち、自宅から通える別の大学に通っていた。だから、会うことなんて一生かかってもないと思っていた。

ちょうどその日の朝も、その人のツイッターを見ていた。最近はあまり頻繁には見ていなかったから、4、5日前のツイートにすごく納得することが書いてあったのを見つけて、ついでにお気に入りも見て、リンク先の記事をひとつ読んでいた。

その映画館を出てからは、その人に会ったことを引きずって、ぼーっと、何かてきとうに音楽を耳に入れながら、うわのそらのまま家に帰った。そして寝る前に、ベッドの中でもういちどその人のツイッターを見た。そうしたらやっぱり、映画を見たことが書いてあった。その日にわたしが見たのと同じ映画で、わたしが見た次の回のを見ていたようだった。

 

前にも書いたけど、現代においてこんなことは、もしかしたら日常茶飯事なのかもしれない。わたしだってどこかの映画館で誰かに見つけられているのかもしれないし、わたしのSNSを、今日も更新されてない、今日も更新されてない、って毎日確認しているまだ見ぬ人がいるのかもしれない。

見えているものなんてほんの一部でしかなくて、無言の認識の中にほんとうのコミュニケーションは存在していて、結局はぜんぶつながっているのかもしれない。

もうこわいから、わたしは、この人の話はこれでおしまいにする。これから会うことがあっても、顔見知りになることがあっても大丈夫なように、これで終わりにしようと思った。


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